ようこそ。靴のまま、どうぞ奥へ。
足の踏み場もなくて驚かれたかもしれません。ここはわたしの頭の中であり、いくつもの時代と記憶が重なり合って散らかった、ささやかなアジトです。
机の上に投げ出された紙片には、1917年、白夜のペテルブルク。栗色のくせ毛を揺らす青年が、届かない恋と、届かなかった理想を抱えたまま、雪の匂いのする路地を駆けている。
本棚の隅、埃をかぶった書物を開けば、夕陽に染まる古代ローマの高台。まだ何も知らない哲学青年が、「人が互いを思いやれたら」と、確かめようのない祈りを空に向けている。
そして床の隅に転がった古いレコードからは、いつか聴いたロシア・ロマンスの哀愁を帯びた弦の調べが、低く低く流れ続けている。絹のドレスの衣擦れと、燭台の灯りの記憶をまとって。
……どうしてこんなにも、東欧の冷たい空気や、硝煙の匂い、滅びゆく時代の美しさに胸が締め付けられるのでしょう。
答えはきっと、魂の底に眠っています。
遠い昔、ロシアの片田舎で栗色のくせ毛を揺らしていた青年だった頃の記憶。雄弁な友人に誘われて見に行ったデモの熱量、大義の陰で流された血への葛藤、そして――あの冷たい朝霧のなか、白い壁を背にして聞きたくもない銃声を聞いた、あの日。
けれど、引き出しはひとつだけではありません。
武力に頼らない平和を、静かに信じ続けた異国の商人の記憶。誇りと孤独をまとって生きた、ロシア貴族の女性の記憶。標高の高い、風と祈祷旗だけがある場所で、ただ内面と向き合っていた修行時代の記憶。それらすべてが交差して、いまのわたし(Masha)を形づくっています。
だから、いまのわたしも、相変わらず少し不器用です。
うまくいかない日常に頭を抱え、静かな夜には誰にも言えない片想いに胸を痛めながら、今日もいつも通りの毎日を生きています。
過去の悲劇も、いまの青い日常も、まだ見ぬ物語も。
この部屋にあるものはすべて、かつてボリシェヴィキだった少女が、巡りゆく時代のなかで見つけ出した、愛おしい「生きている証」たちです。
どうぞ、気になる場所の灯りを点けて、気の済むまでこの散らかった記憶の部屋に滞在していってください。